語るものではなく語られる物語こそ

スティーブン・キングの恐怖の四季の「マンハッタンの奇譚クラブ」より。
実はこれにも元ネタがあったりするんでしょうか。
国語の授業にて「このシーンは作者のこうこうこう言った気持ちで描いた!」とかそんなことを得意げに語る先生がいました。
詳細はもう忘却の彼方ですが。
いや、そうじゃないだろうと。
主人公の気持ちや作中の登場人物の心境ならまだしも、そこを離れて書き手の感情など作品にとっては実にどうでもいいことではないのでしょうか。


はい、ここからはエヴァオタのキモイ語りが始まりますよ~!

かくいう私も一つの物語を理解するために作者の感情やらを調べて回ったことがあります。
何を隠そうエヴァンゲリオン。
・・・国語で扱われるような内容では決してないもので恐縮ですが。
やれ庵野がこういう精神状況だったとかやれここはこの作品へのオマージュだとか。
確かにそういう楽しみ方もありますし事実私はそういう楽しみ方をしていました。
しかしその本質というか語るべき部分は、全て本編を見ればわかる範囲で語るべきではないかと考えなおしました。

そう考えると本編の謎の殆どを放り投げてシンジ君の成長物語としか私には見られなくなりますが。
使徒って?人類補完計画って?→全部シンジ君の成長を演出し促すための舞台装置です(キリッ。みたいな。
エヴァが繰り返しの物語であることを知ったあたりから考えが変わった、かどうかは覚えてませんが。
それを聞いてピースがハマったとは思います。
失敗と逃亡と復帰を繰り返す碇シンジの成長と見ればすんなりといけているような気がします。
「リセット」と評されるほど微々たる進歩ではありますが。

親友だったトウジ、親友になれるかもしれなかったカヲルを外部の強制によって殺してしまい(トウジは死んでませんが)、外部の強制(手助けとも言う)により自分の意志でやはりエヴァに乗り戦うシンジです。
余談ですがエヴァ破を見た今でも男の戰いのほうがいろんな面で優れていたと思っています。
旧映画版のラストもラストOne more finalにてさらにもう一歩成長します。
アスカの首を締め、自らの意志でそれをやめます。
そこに外部からの強制があったかどうかは分かりませんがアスカの首を締め、頬をなでられ(上記でいう他人からの強制、もしくは干渉)シンジは自分の意志でやめました。
話しは前後しますが、直前で心地よい世界への逃亡から現実世界に復帰しています。
それがTV版ラストのおめでとうと重なると私は理解しました。
そして上述のone more finalはその後のお話、シンジがどうなったかどうしたかを描いたのではないかと思います。
アスカへの首絞めから最後のセリフまでの流れは、あの短い時間でシンジがやはりこれからも失敗を繰り返しながらそれでも前に進んでいくことを表しているのではないかと思います。
登場人物の殆どが死亡またはLCL化している絶望的なラストですが、それでも希望が無くなったわけではないと考えています。

とまぁこんなことをエヴァ序のBDが届いたり漫画の12巻を買ったりエヴァ破のBDを予約したりしてエヴァ熱が再燃しつつある今日このごろに、たまたまオリラジのエヴァのプレゼンに感心したせいでご覧の有様になったわけです。

コメント

  1. 俺もエヴァ序を早く見たいぜ、いろいろエヴァについて否定的な意見を持ってる人も多いけど、エヴァほど主人公の感情や葛藤をリアルに描いたアニメは他にはないと思うよ。

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  2. アメリカだともうDVD出てたよ。
    破は一般向けに上映されるといいね。
    序はお安い北米版を買ったけど破はとてもいい出来だったから国内盤買う予定。
    あとひと月ちょっとがわくわく月間!

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  3. 序はもう見たんだった、歯が見たいな。

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  4. 破はすごいよーすごかった!
    今台湾とかでも上映されてるらしいしもう少しでアメリカでも見れるようになるんじゃないかな。
    ほんとにすごいからぜひ見て欲しい。

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