「かたわ少女」感想

2015年4月1日。2012年にリリースされたFour Leaf Studiosの「かたわ少女」の日本語版がリリースされました。全員のルートのグッドエンドまでをクリアーしたので、この辺りで作品について感じた事を書き記して置こうと思います。 なお筆者はノベルゲームはほとんどプレイしておらず、まともにプレイしたのはAir、月姫、Fate Stay/Night位なものですので、知識不足等による曲解などがあるかもしれません。

 感想を書くに当たり、まず「かたわ少女」について軽く紹介します。
 2007年初旬、4chanにRAITA氏の同人誌のあるページが紹介されます。「片輪少女」と名付けられた恋愛ゲームの草稿…妄想。そこからインスピレーションを得た有志たちが集まりFour Leaf Studiosを結成。2007年夏頃に本格的な開発がスタートしました。ゲームのAct1がプレイできる体験版のリリースを経て2012年1月4日、英語完全版がリリースされるに至りました。そしてそれから3年と3ヶ月、日本語翻訳チームの努力の結晶である日本語版が2015年4月1日にリリースとなりました。
 ゲームの内容はタイトル通り、日本のどこかにある知的障がい者以外の全ての障がい者を受け入れる学校「山久高校(Yamaku High School)」を舞台にした18禁恋愛ノベルゲームです。主人公はある日突然障害者としての”烙印”を押されこの学校にやってきます。健常者としての生活から障がい者としての生活を余儀なくされた彼はこの学校で否が応でも生活していくことになります。そこでの様々な出会いが彼に大きな変化をもたらすことになります。
 説明するまでもありませんが、プレイヤーは物語を読み進め、適切な(あるいは不適切な)選択肢を選ぶことによって様々な物語を楽しむことが出来ます。

 ここから先は小程度のスポイラー要素を含みます。個々のルートの詳細を語るような事はせず未プレイの方が読んでも問題ないように書いているつもりですが、完全に新鮮な気持ちでプレイしたいならできるだけ読まないほうが良いでしょう。




 「かたわ少女」 というショッキングなタイトルに眉をひそめる方は少なくないと思います。Four Leaf Studiosもそれを認め日本語で謝罪の記事をブログに掲載しています。ただしプレイするとゲームの内容はタイトルからは想像もつかないほど真摯な態度で作られていることがわかると思います。障がいを持つ事を真正面から描いています。

 何にもましてまず語らなければならないのはこのゲームの主人公、ひっちゃんこと中井 久夫君についてです。彼は健常者として育ち、ゲームのプロローグで先天性心疾患が発覚した後死んだような入院生活を経て山久高校に入学してきます。物語は主人公の視点から離れること無く常に一人称視点的に描かれます。彼が見ていないもの、経験していないものは想像した事以外文章として登場しません。まさにプレイヤーの分身と言った主人公だと思います。だからこそ彼の目を通じてプレイヤー自身に同じ状況になったらどうなってしまうかを考えさせてきます。
 私は彼の目を通じて自分が突然障がい者として生活を送ることになればどうなるかを大いに考えさせられました。高校生という多感な時期に”欠陥品”という烙印を押されることがどういうことを意味するのか。高校生という時期はともかく、それは誰しも例外なく可能性があり、だからこそ彼らの事を応援してしまいます。確かに彼にも欠点はあるものの優しく友達思いのいい男です。

 このゲームには当然他の恋愛ノベルゲーム同様様々なヒロインが登場します。彼女たちはひっちゃんより先にこの学校に入学しています。様々な面において主人公の同級生にして先輩と言った立ち位置です。
 「障がいは不便だが不幸ではない」であり「障がいは不幸ではないが不便だ」を身をもって教えてくれる彼女たち。何もかもを奪い取られ本当に体一つでやってきたひっちゃんの心を救うのは彼女たちであり、彼女たちの心を支えるのはひっちゃんです。感想というより感情が漏れ出てきてしまいますが、今思い返してもどのルートも心に残るものがありとても良かったです。
 彼女たちを語る際にとても重要な事が一つ。それは誰一人として障がいを持ったことそれ自体に対しては悩んでいない、ということです。もちろんそれを受け入れるまでに様々な葛藤があったこと、もしかしたら呪ったこともあったかもしれません。ただしそれが出てくることはありません。登場する障がい者の中で唯一の例外であり、障がいを持ったこと自体にも苦しむ主人公の心の救いになる事は当然だったのでしょう。重要なのでもう一度書いておきます。彼女たちは障がい事態に関して悩んでなどいません。私は周りに障がいを持った人々が居るわけではないので想像するしかありませんが、きっとそうなんだと思います。誠実な描き方をするとこうなるのだと思います。
 彼女たちの抱える問題、悩みはもっと普遍的な思春期の悩みです。障がいを抱えている人だけが悩むようなたぐいのものではありません。そしてそれらは目に見える障がいとは違い普段は目に見えません。高校三年生という大きな人生の岐路に立ち、将来の事や友人関係、親子関係に悩む姿はきっと誰もが共感できると思います。そして思春期をとうに過ぎ去った人でも真剣に悩んでしまうような悩みばかりです。まさに「かたわ少女」のタイトルに偽りあり、といえるかもしれませんね。内容を鑑みればかたわ少年の方が正しいかもしれませんね。
 奇跡が起きて障害が綺麗さっぱり消えてしまうようなことは当然ありません。そして多くのヒロインは障害を持つにあたった詳細な経緯がぼかされています。前述の通り主人公が見聞きしたことしか描写されないので、ヒロインが話してくれた内容から察する程度のことしか出来ません。そこがまたリアルな感じがします。現実の恋愛でもお互いの事を完全に全て知ることはありませんしね。全てをさらけ出すようなことにはならないはずです。


 「かたわ少女」最大の特徴は主人公が医者や先生としてヒロインたちを救うのではなく、障がいを持った彼女たちの生き方を目の当たりにして彼自身が成長していくことにあります。 そして彼自身の成長は彼女たちにも影響を与え、共に前に進んでいくお話です。障害を持った人々の話でありながら、彼らと我らに何も違いが無いことを本当に丁寧に描写しています。だからこそ愛おしいのだと思います。
 また、主人公はこの先がそう長くないことを理解しています。 一部を除いてそれを表に出すことはありませんが、それだけに主人公の思いを唯一目の当たりにする私の心は複雑です。出来る限り長く共に歩んでいってほしいと願ってやみません。過度な暗さは無く、全体的に見ればとても爽やかな物語ですが、その一点だけが心を抉ります。

 そんなある種の終わりの見えた物語ですが、各ヒロインのグッドエンドはぐっとくるものがあります。全ての問題がきれいに解決して笑って次に進むわけじゃありません。絶対に解決出来ない問題を胸に抱えて、それでも前に進んでいく彼らに力の限りエールを送りたくなります。
 これは涙じゃなくて心の汗だから。今日はちょっとだけ日差しが強いだけです。眩しいなチクショウ…。

参考文献
かたわ少女公式サイト
かたわ少女開発ブログ
2ch かたわ少女スレ


コメント